ピカチュウの夏・映画編

今年はTVアニメのポケモンがスタートして20周年。同年にスタートしたポケモン映画も20周年です。

今回目を引いたのは、サトシとピカチュウの出会いをやるということ。

あの涙涙の初回をぜひ大型スクリーンで!と思い、ポケモンのスタートした時にはまだ幼かった姪を誘って、いそいそと観に行きました。

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みんなの知っているピカチュウは無邪気で明るいけれど、元々は「恥ずかしりで人に慣れにくい」(by オーキド博士)。

そんなツンデレなピカチュウと、心優しいけれど単純な(つまりデリカシーのない)サトシがいかにして仲良くなるか?

映画では出会いのシーンからTVアニメの初回とはちょっと違っていて、初めてピカチュウがこの世に現れた時の、あの震えるような感動は再現されませんでした。

それでも十分ピカは可愛い

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ファンには当たり前のことですが、ピカチュウは他のポケモンとは異なり、最初からずっとモンスターボールに入りません。

2人が出会って旅に出た頃は、それが原因でオニスズメの大群に追われるはめになる

けれども、サトシが身を挺してピカチュウを守ろうとしたことでピカチュウの気持ちに変化が生まれ、10万ボルトのパワーを炸裂させてオニスズメ達を蹴散らします

こうしてサトシとピカチュウに深い絆が生まれ、2人は無二の親友となるのです。(このシーンもTV初回版と少し違っていて、オリジナルより涙度は低めです)

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映画ではラスト近くで、もう一度、サトシが瀕死のピカチュウにモンスターボールに入るように促すシーンがあります。

「これに入ればお前は助かるかもしれないんだ」と懇願するサトシの耳に聞こえた、ピカチュウがはじめて人の言葉で語ったこととは。。

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また、サトシの夢に出て来た、ピカチュウのいないパラレルワールドにも涙涙。。

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笑いあり涙あり友情ありバトルありの、ドラマツルギーをしっかり押さえた作りは本当にさすが。

画面の随所に初期からのポケモンたちが映り込んでいたり、最後のタイトルロールでカスミとタケシにはじまり、歴代の仲間達が登場する演出も素晴らしい

まだ幼いポケモンファンやポケGOで知った方々。そして特に、昔は大好きで毎日「ピカチュウ、カイリュウ、ヤドラン…」と唱えていたけど、ずっと離れているなあという元子ども達と、一緒にTVアニメを楽しんでいたご家族の皆さまにも、ぜひぜひ観ていただきたいと思います。

そしてこの夏もいよいよ、 「ピカチュウ大量発生チュウ!」がスタート!

ピカチュウまみれの熱狂のイベントに今年も行ってきます












疲れない人

それは今から10年ほど前の夏のこと。

ある合宿(みたいなもの)で、大先輩の女性の先生とご一緒しました。

いつも朗らかに活躍されている素敵な方ですが、先生いわく「私、疲れるってどういうことかわからないの」。

いろいろうかがっても、物心ついた時から「ヘトヘト」とか「疲れた」と思ったことがないのだそうです。

「眠くなることはあるんだけどね」とおっしゃり、そのままコテンと着の身着のまま寝てしまわれました。

もう一人いらした先生が「あらあら」と、浴衣に着替えさせても全く気付かれない。。

ご本人の幸運な性質・体質か、ご両親の育て方でそうなったかはわかりませんが、本当に羨ましい。

以来ぜひ見習いたいと思っていますが、一度刷り込まれた感覚からはなかなか解き放たれません。

蒸し暑い毎日、皆さまもどうぞお元気でお過ごしくださいね

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古い洋館に併設されたパンのおいしいカフェで一休み















大江戸クルージング

「大江戸クルージング展」(太田記念美術館)の最終日に行ってきました。

浮世絵は江戸時代における最重要メディア&SNSツールなのだと再認識。

バスやタクシーのように人を運ぶ船もあるし、トラックのように荷物を運ぶ船もある。

この辺りはドキュメンタリーかニュースの趣です。

けれどもやはり目を引かれたのは、エンタメ感あふれる行楽の屋形船。

納涼花火や春の桜を、優雅に屋形船から眺める当時のアイドル・芸者衆や役者たち。

着飾って船で寛ぐその得意気な顔ときたら!

当時の屋形船は、以前なら高級輸入車、今なら長~いリムジンという感じ? あるいはカートとか?

一方、橋の上にはぎっしりおしくらまんじゅうしている人びとがいて、きっと花火や桜を眺めるだけでなく、屋形船を興味津々でのぞき込んでいたと思う。

見せたい人と見たい人の欲望は、今も昔も変わらない。そしてこの欲求は不変でしょう。

そして人はやっぱり「特別な乗り物」が好きなのだと思う。

となると次は「空飛ぶ車」?

これなら盛り上がること間違いなし! 一日も早い開発が待たれます(真剣)

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チラシの絵は歌川広重「各所江戸百景 芝うらの風景」。ゆりかもめの表情がキュートです。

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水辺&水上最高! 凄腕ガイドさんにお世話になった江戸東京発見コンソーシアムの「舟めぐり」にて。

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日本橋の船着き場で見かけたゴージャスな船。乗ってみたい~







半年分のお清め

2017年も早くも半分過ぎましたね。

人々の罪や穢れを祓う「大祓」。

今年はご近所と根津神社と、2か所で「芽の輪くぐり」をしてきました。

後半も元気で頑張ろうと思います

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ミュシャ展「スラヴ叙事詩」

華麗な女性たちを描いたポスター画等で大人気だったミュシャ(チェコ語の発音はムハ。1860-1939)が、パリでの名声を捨てて故郷のチェコに帰り、16年の歳月をかけてスラヴ民族の苦難の歴史を描いた「スラヴ叙事詩」。

その全20点が、チェコ以外で世界で初めて日本の「ミュシャ展」で公開され、60万人以上(6月2日時点)が訪れました。

完成時にはチェコが独立していたことで人々の関心も薄く、80年もほとんど人目に触れることがなかったという数奇な運命を持つこの超大作を、最終日のギリギリに私も観に行きました。

展示室に入って最初に目に飛び込んで来るのは「原故郷のスラヴ民族」(1912)。

手前には他民族の侵入を受けて草陰に身を隠す、白い服を着たスラヴ民族の祖先(3-6世紀)の男女。

左奥の暗闇に浮かぶのは赤く燃える炎と他民族の軍隊。

画面の右上にはスラヴ民族の司祭が大きく浮かび、神に慈悲を乞うています。しかしここでも「沈黙」同様、神は現実的には何もしてくれません。

そんな状況の中で、恐怖と絶望で空洞のようになった男性の眼がなんとも凄まじい。近くで観ても離れて観ても、こちらの心を掴んで離しません。

これを観て(大きなお世話と思いつつ)私が一番に感じたのは、「これが完成した時点で発表した方が良かったのでは?」ということです。

それだけこの作品の持つ意味とインパクトは大きく、もし全点描き上げる前に公開していたら、チェコの人々も次の作品を心待ちにしたのではないでしょうか。

そして現在も世界中の人々が知っていて、遠くからもこの絵を観るために集まり、それぞれに考え、示唆を得ることのできる作品となっていたのではないかと思うのです(でもそうしなかったのが芸術家というものかも。。)

その他に強く感じたのは、20点の中には聖職者や皇帝などの王族、軍の指導者などの権威者や権力者が多く描かれているものの、いずれもぼんやりとして存在感が薄いこと。

ミュシャはアトリエを置いたズビロフ城で、地元住民をモデルにして「スラヴ叙事詩」を描いたそうです。きっと彼は「スラヴ民族とその歴史の主役は一般庶民だ」と、強く思っていたのだろうと思います

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キッコロと緑化フェア

土曜日は横浜で「老子」の勉強会。どこまでも深くて広大な世界にすっかり夢中です。

日本大通りでは、とっても懐かしいコに再会!

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愛知万博のキャラ、キッコロです。相変わらず可愛い~

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もちろんモリゾーおじさんと一緒。雨の中、トライアスロンを応援していました。

「象の花パーク」では「全国都市緑化よこはまフェア」が開催中。

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こちらも雨の中、健気に花に水をやるガーデンベアちゃん。

素敵な庭がたくさん見られるフェアは6月4日までです







「蝶々夫人」の強さ

今年2月に東京や金沢で上映された、笈田ヨシさん演出のオペラ「蝶々夫人」。木下長宏先生のブログを読んで、観たい観たいと思っていたところ、NHKBSのプレミアムシアターで4月17日深夜に上映されました。

原作は明治時代ですが、今回の設定は昭和初期。

没落した武士の娘で芸者の蝶々さん(当時15歳)が、アメリカ海軍士官のピンカートンと結婚。とは言っても、いつでも破棄できる疑似結婚なのですが、ご丁寧に蝶々さんの親類縁者やアメリカ領事を呼んで結婚式を上げます。

ここで彼女は仏教を捨ててキリスト教に改宗。集まった親類縁者一同から絶縁されてしまいます。けれども、それでもいいという蝶々さん(第1幕)

アメリカに帰ったピンカートンを、蝶々さんは貧困の中(仕送りはないらしい)、忠実なお手伝いのスズキと3年間待ち暮らします。その間に、なんと彼の子どもも生んでいました(第2幕)

ようやく日本に来たピンカートンは、1年前に結婚したアメリカ人の妻を同伴。子どものことを人づてに知るや、彼女を蝶々さんの家に置いて自分はどこかに逃げてしまいます。でも子どもは引き取って育てると言う。

ピンカートン夫人は蝶々さんに謝り(彼女は悪くないのに)、子どもを私に預けてと説得。蝶々さんは彼女に子どもを託し、そして自分は父の形見の短刀を握りしめて。。(第3幕)というストーリーです。


頭から終わりまでピンカートンが本当にヤな感じ。そしてそんな彼に夢中な蝶々さんの、1幕目の危なっかしさと、2幕目の狂気をはらんだ「待つ女」という感じにも、「まだ若いし、現代じゃないし」と思いつつ、イライライラ。。

ヨシさんは「蝶々さんは自分の意志を貫く強い人」とインタビューで話していますが、1・2幕の彼女の強さというのが、はじめはよくわかりませんでした。けれども改めて考えて、蝶々さんの「強さ」は変化するのだと納得。

まず第1幕では、ほとんど知らない外国の男を信用し、全てを捨てて自分を丸ごと投げ出す強さ。

第2幕は、自分の不幸な境遇を絶対に認めまいとする強さ。

ただここまではやはり、「弱い(立場にある)人の、(強者を)受け入れるしかない(哀しい)強さ」のように感じます。

けれども、第3幕も後半になると、俄然違って来る。ここでの蝶々さんは、誰がどこからどう見ても不幸のドン底。そのギリギリ追い詰められたところで、彼女の不屈の強さが立ち上がるのです。

主人の境遇を嘆くスズキ(素敵な鳥木弥生さん!)に語り掛ける時の、落ち着いて威厳のある様子(「ローマの休日」の終盤のアン王女を思い出しました)。

そして後生大事に掲げていた星条旗を床に投げ出し、その上をノシノシと歩く表情からは、「絶対に生き抜いてやる!」という蝶々さんの魂の叫びが聞こえて来るようです。

演じる中嶋彰子さんの堂々とした存在感が、大人になった蝶々さんに重なって、特大の花火のように炸裂本当に素晴らしい

「蝶々夫人」のラストは自害というのが通例のようですが、私はこの蝶々さんはきっと死なないだろうと確信しました。


蝶々さんの「強さ」のことばかりを書きましたが、西洋と東洋、富める者と貧しき者、強者と弱者。そういうものの関係を観客がどう感じるか。ヨシさん版の「蝶々夫人」はそんな問いを、私たちに投げかけています。

この答えのひとつのヒントが、ヨシさんの戦後すぐの体験にあるのではないかと私は思う。

戦中とはまさに一変した状況の中で、他の子どもたちのように米兵に「ギブ・ミー・チョコレート!」とねだれなかったというヨシさん。

その時に感じた自意識や様々な想いが、この「蝶々夫人」の根底に脈々と流れている。ひとりひとりの出演者がしっかりそれを掴み取り、全力で演じ切っていると感じました。

本当にすごいものを観せてもらいました

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ちょっと見えにくいですが白い蝶が止まっています